Clap Log

バレンタイン





※マスター視点。




──ぱき、と高いと音を立ててチョコレートを小さく齧り割る。
……本当にこんな事で満足すんのか。
齧り割ったチョコレートは飲み込まず、歯で咥えたまま、目の前のソファでソワソワしながら待機するクリエイターを見やる。
軽く両手を広げてにこにこと微笑んで首を傾げている様子はまぁ嬉しそうで。

「カンナ君?」


……事の発端は今朝。
女性陣からバレンタインのチョコを順に貰い終わったイクロは、テーブルで新聞を広げる俺に「カンナ君からは?」と訊いてきた。
いやいやいやおかしいだろ。
俺の目の前見てみろ、同じもん積んでるだろ。
いや、同じでもないか。
何でかルーは俺にくれた方はイクロにやってたヤツより二回り程でかかった。
理由聞いたら内緒って言われた。
よく解んねぇけど取り敢えずそれは置いといて、こっちもチョコは貰う側だっつの。
それを素直に告げると、めちゃくちゃ落胆した様子を見せた。
フィーリルのグルーミングしてたルーが落ち込む様子のイクロに気付き、落ち込んでる理由も解らずにヤツの傍に近寄って頭を撫でながら「クロちゃんかわいそーカナちゃんごめんねは?」とか言い出したけど俺の所為じゃないだろ。
その騒ぎに何故か他の女性陣もイクロの味方をし始め、チョコ位あげたらどうだと責められた。
だから、何で俺が。
五対一では勝ち目が無かったので、取り敢えず夜までに何か用意するからさっさと仕事行って来いと全員蹴り出してその場は治めた。(俺は在宅ワーク)

そして夜、風呂の後、メンバーがそれぞれ自室に引き上げリビングにいないのを確認してから、適当に露店で買った大量生産の板状チョコレートをイクロに渡した。
一瞬喜びはしたものの、何か背後にしょぼんという文字が見え隠れしていた。
少し、本当に少しだけ、罪悪感を感じてどうしようとオロオロしていると、酒を取りに降りて来たラージュがしょぼんとした様子のイクロを見て何かを察したらしい、「マスターからチョコ口移しすればいいじゃない」と言い残し酒を手に再び二階へと戻っていった。
余計な事を!!
おかげで禁酒令言い損ねた!


「無理ならそのチョコ溶かしてカンナ君の身体に塗ってくれたらいいよ、僕はそれを舐めるから」

もっと無理だわあほクリエ。
どんだけマニアックなんだよ。
力いっぱい首を振ってチョコを咥えたまま、イクロの膝を跨ぐようにソファに乗り上げる。
膝立ちの分、頭一つこちらが高い。
見上げてくるイクロの頬に両手を添えると目を細めて微笑んでくる。
何故かその笑みに一瞬息が止まり、顔が熱くなった。

「あー」

緩く目を閉じて口を開けるイクロだが、なかなか決心が付かず後五cmの距離で固まってしまう。
いつの間にか腰に腕が回って今更降りられない状況。
やべぇ、口の中のチョコが少し溶け始めてる。
あと唾液が飲み込めないので下手したら零していまいそう。
それに気付いてもぅどうにでもなれ、と少し勢い付けてチョコをヤツの口へと押し付けた。
チョコを押し付けたらすぐに離れようと思ってたのに、これまたいつの間にか後頭部をがっちり押さえ込まれて無理だった。
出来るだけ唇が触れないよう、とチョコの端の方を齧っていたが、後頭部を押さえる手に力が籠められぴったりと隙間無く口を塞がれる。

「っ……」

溶け出したチョコを掬うようにこちらの歯列をなぞる舌に髪の毛が逆立つような感覚を憶えた。
押し付けて、それで終わりにしたいのに、それが許されない。
口の中、粘着くチョコの甘ったるい舌が逃げようとした俺の舌を捕えてくる。
表面を舌先でなぞり、これでもかという位チョコを塗り付けてくる。
上顎をなぞる擽ったさに身体が逃げるように跳ねるが、腰に回った腕に一層力が籠って身体が密着させられる。

「ん、く……」

後頭部を押さえていた手がゆっくり降りてきて項を擽ってくる。
そこからぞわりと背筋が粟立つような感覚を憶える。

「ふ……ぁっ!?」

絡め取られた舌が軽く食まれ、肩を震わせてしまった。
頬に添えた手は既に力無く、肩へ。
もぅ限界だと、訴えたくて離れたくて押し返したくても指先は緩く外套を引っ掻くだけで。
酸欠と甘さで頭がくらくらしてくる。
ちゅ、と小さく音を立てて最後に舌を吸われゆっくり離れていく間、一瞬繋がる唾液に羞恥で心臓が跳ね上がる。
ヤツの唇に残ったチョコが舐め取られていく様子から目が離せず、よく解らないけど言い表すなら扇情的という言葉が浮かんだ。

「……甘いね」




弧を描く唇に、逃げられない事を悟った。