Clap Log

アサシン×ハイプリースト





「──どちら様?」

頭上から降ってきた声に閉じていた瞳を開く。
伏した視線の先に男の足が見えた。

「生きてます?」

再度の問い掛けにゆっくり顔を上げた。
逆光で表情は窺えないが、出で立ちからハイプリーストである事だけは解る。
野菜のはみ出た紙袋を抱えたハイプリーストは、微かに息を吐いて目の前にしゃがみ込んだ。

「ヘマでもしましたかアサさん」
「……関係ない、だろ」

壁に凭れて座り込むオレに視線を合わせるハイプリーストはやや呆れ気味に問い掛けてきた。
正直その通りだ、だから余計苛立って吐き捨てた。
陽に溶けるような金髪を揺らして顔を顰めたハイプリーストは、オレを指差して口を開いた。

「そこ、僕の家なんで。関係ない事もないです」

……訂正、オレの背後、壁だと思って凭れていた扉を指差して、だ。

「……悪かったな」

今のセーブ契約は何処だったか。
痺れの残る手で懐を探る。
と。

「ほら立って。手当て位なら出来ますから」

懐を探る手を掴まれ無理矢理引っ張り上げられた。

「っだ……! いっ……!」

ポーションとアルコールで軽く止血した程度で塞がっていない腹部の傷が盛大に痛んだ。
睨み付けるとハイプリーストは失礼な事に人の顔を見て吹き出しやがった。

「てめぇ……」
「ごめんなさい。そんな涙目になるとは思わなくて」
「はぁ!?」

肩を震わせて視線を反らすハイプリーストはオレの手を掴んだまま、扉を蹴り開けた。
行儀悪いな……
路地裏の北向き、物件としては条件最悪な家に引き摺り込まれ、薄暗い部屋のベッドへと座らされる。

「……汚れんぞ」
「替えのシーツはありますから」

紙袋をテーブルへ置いてハイプリーストは簡素なキッチンで湯を沸かし始めた。
先程の刺激でズキズキと痛む腹部に脂汗が流れる。

「服、脱げますか?」

ベッドの上へ包帯やらガーゼやらハーブやらを放り投げて顔を除き込むハイプリーストに緩く頷いてみせ、纏っていた装束を脱いだ。
やや乾き始めていた血が装束と肌を貼り付かせて、止血したつもりだったあちこちの傷を結局開かせる事になって、装束を脱ぐだけで酷く体力を奪われた気がする。
その間に沸いた湯を洗面器に移しタオルを持ってきたハイプリーストが傍へ膝を着いた。

「痛むと思いますがいちいち痛がらないで下さいね」

どういう理屈だ。
血の滲む肌を湯に浸したタオルで拭われていく。
そしてハイプリーストの手が肌に触れるか触れないかギリギリの距離を滑り、ヒールの聖句が唱えられる。
白く眩い光を発する掌はじんわりと熱を持っているのか温かい。
潰れた細胞が再生されていくような、不思議な感覚。
戦闘中に一時的な処置として施されるそれとはまた異なって、ゆっくりと丁寧に癒されていく。

「医療専門でもないんで、応急処置と思って下さいね。痕も残るでしょうし」

粗方大きな傷を塞ぐと数種のハーブを揉み潰して傷跡に当て、ガーゼと包帯を巻きながら溢すハイプリースト。
女じゃあるまいし痕が残ろうと気にはしない。
これだけしてもらえれば上等だろう。

「……ありがとうな」

包帯が巻かれ終わったのを確認して小さく礼を述べる。
それに驚いたように目を瞠るハイプリースト。

「何だよ」
「いや、素直だなと思いまして」

普通だろうが。

「この辺人通り少ないですからね、貴方みたいな行き倒れ多いんですよ。で、拾って手当しようにも裏ある人ばっかりですから……暴れるわ黙って逃げるわ碌な人いなくてね」
「拾うなよそんなもん……」

汚れたタオルと洗面器を片しながらぼやくハイプリーストの背を何とはなしに眺めながら、先程痺れていた手をゆっくり動かしてみる。
傷が塞がったおかげか痺れは取れたようだ。
碌でもないヤツらと同列に扱われるのも癪だ、何か礼になりそうなもんでも置いて立ち去ろう。
そう思って懐を探る。

「おい」
「はい?」
「大した礼は出来ねぇが……これで勘弁してくれ」

差し出した掌サイズの紙片に、ハイプリーストの一瞬の動揺が窺える。

「え、いや、別に僕そんなつもりじゃ」

と言いつつ素早く戻ってきたハイプリーストはしっかり差し出したカード三枚を受け取っている。



 ポリンカード3個ドロップ



「邪魔したな」
「おい待て」

血を流し過ぎたか若干のふらつきを覚えたが、手当も終わった以上長居する理由もないだろう、と立ち上がったオレの肩を掴んでハイプリーストが低く唸った。

「……不満か」
「不満です」
「拘ってねぇんだろ」
「貰えるもんは貰いたいですけどこれは酷い凄く酷い。よってやり直しを要求します」

何だこいつ。

「生憎大したもん持ってねぇよ」

収集品は依頼品だしな、自分で好きに出来るもんはさっきのカード位だ。

「お礼をする気持ちはあるんですねあるんですよね? でしたら僕欲しい装備あるんでそれ出るまで狩り付き合ってくれればそれでいいですよ?」

……選択の余地を与えてるように見えて肩を掴む絶対手が離さねぇと物語っていてオレは首を縦に振るしかなかった。



その後、もっと大怪我を負っただとかその治療と治療費の請求にコイツの家に転がり込むハメになっただとかは別の話。