The difference of recognition.



※クリエイター視点。







──ぴ……ぷちゅっ!

「……」

二階の奥の部屋を一部改造して造った書斎、その片隅。
他に人のいないその空間で、聞こえてくる音は自分の足音と本のページを捲る音と、愛鳥の……くしゃみ。

ぷちゅんっ!

「……ネイラ?」

足元で羽を休める小柄なフィーリルが、不規則にくしゃみらしいものを繰り返し、心なしかぐったりしていた。
抱き上げて顔を覗き込むと、頭の天辺に生える一際大きな羽を揺らして三度くしゃみをしてきた。
おかげで顔面が悲惨な事になった。












『──風邪ぇ? ネイラがー?』
「うん、そーなんだ。だからヒノ、キミの処の双子、借してくれないかな」

通信機の向こう、耳慣れた女性の声は少し眠そうに間延びしている。
まだ寝ていたのかもしれない。
もぅそろそろ昼に差し掛かろうというのに、随分気楽なチェイサー様だなぁ。
こちらの頼みに暫く唸った後、ヒノは小さく溜息を吐いた。
ギルドチャットで確認でも取ってくれてるのかな。

『だめぇーもぅレイもメイも出掛けちゃったってー、今日は手伝える人いないよ?』
「弱ったな……」
『っていうかうちじゃなくても、今他のギルドと一緒なんでしょー? そっちから人手借りなよー』
「ローグ系統いないんだよ、彼等」

アイテム収集をお願いするならやはりローグ系統の職の子に頼む方が早い。
と思ってローグ系統専門ギルド(女性ばかりだけれど)のマスターでもあるヒノに連絡を取ったというのに。

「というかヒノ、キミ自身は」
『私ー? この後ミトとランチだしー。あ、シラヒナは昨日から帰ってないよー』
「ほんっと自由だよねキミ達」

いつ仕事回していいか悩むよ!
取り敢えず、ヒノの処は無理だという事で通信を切り上げた。
どうしようかな……今日は午後に製薬材料の調達して明日一日色々実験したかったのに。
明後日から遠征出るからその前に遊べるのは今日明日なのにな。
ヒノの言う他のギルド、つまりはカンナ君達に頼むのは、個人の趣味に近い案件の為にヒノに頼むより気が引ける。
ヒノなら気が引けないのかっていうのは付き合いの長さかな。
彼女とはアカデミー入学前からの付き合いだし。

「おい、飯出来たぞ」

本棚に寄り掛り、ぷちゅんぷちゅん言うネイラを抱きかかえてあやしていたら、不意に扉が開いて鮮やかな金髪が顔を覗かせた。

「あ、うん。ありがとう」

寄り掛かっていた本棚から身を起こし、扉へ目を向けるとカンナ君は少し眉間に皺を寄せた顔でこちらをじっと見てくる。
ん? と首を傾げるとすぐに目を逸らし、何でもない、と廊下へと消えていった。
この数日、何か言いたげに僕を見てくるけれど、訊ねるといつも何でもないと顔を逸らす。
何だろう、といっても心当たりが無い訳ではない。
先日、寝惚けて彼にキスをしてしまったのだ。
他に人もいたリビングでやらかしてしまった為か彼は大声を上げる事もせず、また追求もする事無く、何となく気まずいまま数日過ぎた。








「──ネイラどした?」

昼食後、製薬材料はもぅ大通りの露店で集めてしまおうか、とだるそうなネイラを片腕に抱いてあやしながら相場情報へ目を通していたら、頭上から声が掛かった。
顔を上げたら洗い物を終えたカンナ君が向かいに腰掛ける処だった。

「あぁ、風邪引いたみたいなんだー」
「フィーリルって風邪引くんか……」
まぁ生命体ですし。
物珍しそうにネイラを見つめるカンナ君に、暫く逡巡した後、あのさ、と前置きして口を開いた。

「急で悪いんだけど……アイテム収集お願いしてもいい? 報酬は出すから」
「ん? おぅ、別にいいけど……どした、しおらしいな」
「やーその、依頼人が僕というか、個人的なお願いというか。ほら、ネイラがこの通りだから」

この、と口にした途端、またぷちゅん、とくしゃみをするネイラ。
ちょうど目の前に広げていた相場情報の他、諸々の書類に鼻水が飛んだ。
あーぁ……
腰に吊り下げたポケットの中からティッシュを取り出しテーブルを拭きながら、話を続けた。

「そんな訳だからさ、予定してた材料集めが出来なくなっちゃってね。だから代わりにお願いしたいんだけど」
「何だそんな事か。依頼だ報酬だなんて大袈裟だろ、そんなもん無くても普通に行ってやるよ」
「え」

軽く溜息と共に告げられた言葉に間の抜けた声を上げてしまった。

「何で驚くんだよ。別に金とかいいっつってんだろ」
「いやいやいや、それは申し訳無いっていうか仕事に対する報酬や経費は必要でしょ」

慌てて手を振ったらカンナ君は少しむっとして何か言いたげに口を開いたが、言葉が出てこなかったようで結局黙り込んだ。
そして暫く考え込むように視線を落としていたけれど、やがて顔を上げ、今度は得意そうな顔をして口を開いた。

「じゃぁ俺一人で行くし、交通費や消耗品の必要経費だけでいいぞ」
「ひと……だいぶ時間掛かるよ?」
「何だよ我儘だな」

いや、我儘とかいう問題でも無い気がする。
……同居、してるとはいえ僕達の間にあるのはビジネスで、それ以上の馴れ合いは無いに等しいのかと思ってたけれど……
彼等はそぅでもないという事だろうか。
それとも、彼は?

「仲間なんだし」

……考えている事を、見透かされたのかと思った。
彼の言葉に固まっていると、不思議そうに眼前で手を振られた。
慌てて何でもない、と首を振る。

「……なら……お願いしてもいいかな。必要数はこのメモに。幾つか狩場飛んでもらう事になると思うけれど」

小さく折り畳んだ羊皮紙を腰のポケットから取り出し、カンナ君へ手渡す。
受け取ったメモを開いて確認している間に、すぐ用意出来そうな蝶の羽や回復剤等の消耗品をアイテム袋から取り出しテーブルへ並べた。
好きなだけ持っていくよう告げると彼は少し困った様子で首を捻り、蝶の羽を二つと少量の回復剤を手にしてこれでいい、と立ち上がった。
そして首のマフラーを巻き直して早々に出掛ける準備を始める。

「いってらっしゃい」

銀の懐中時計を開いて現在時刻を確認する背中を玄関まで見送ろうと立ち上がると、思い出したように声を上げて振り向いてきた。

「陽落ちるまでには洗濯物取り込んどいてくれ」
「あ、うん……」

そんな、所帯染みた台詞を残して。

「んじゃ、行ってくる」

ひらりと片手を振って扉の向こうへ赤い法衣が消えて行った。